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1.1047名JR採用差別問題とは
● 全動労組合員の72%がクビ
国鉄の分割・民営化によって、1987年4月にJRが発足しました。このとき、北海道や九州を中心に7600人を越える全動労(現・建交労全国鉄道本部)や国労に所属する労働者が、JRへの採用を拒否〜事実上のクビ〜され、国鉄清算事業団に送り込まれました。
特に、北海道では国鉄「分割・民営化」に賛成した動労(動力車労働組合)の組合員がほぼ全員採用であったのに対し、反対した全動労(全国鉄道力車労働組合)は28.1%の採用と、明白な組合差別が行われました。全動労や国労の組合員は、「JRの採用拒否は、所属組合による差別であり、不当労働行為だ」として申し立て、労働委員会はJRの採用拒否は組合差別と認め、社員としての採用を命じました。
● 国鉄によるJRへの採用差別が断罪される
国鉄清算事業団では「再就職を必要とする」職員として、かたちばかりの再就職活動が行われただけで、1990年4月1日、事業団に残る1047名は労働委員会から救済命令が出ているにもかかわらず、不当にも2度目の解雇が強行されました。
この問題は、今日まで解決することなく、解雇された全動労の組合員63名は全動労争議団を結成し
てたたかってきています。働く者の雇用と権利を守るため奮闘しているナショナルセンター(労働組合の全国組織)全労連
も第2回臨時大会を開催し、全力をあげてたたかうことを意思統一するなど、これまで多くの労働者・国民の支援を受けながら、不当解雇は許さないとしてたたかい続けています。
こうした中で、2008年1月23日、東京地裁民事11部は「全動労不当労働行為責任追及訴訟」について、国鉄(現・鉄道運輸機構)による全動労組合員に対する不当労働行為を認定するとともに、一人あたり1100万円(550万円と年5分の損害金)の慰謝料を支払うよう命じる判決を言い渡しました。判決では、国鉄の不法行為〜中立保持義務違反を「如実に示す」こととして、葛西国鉄職員局次長の発言を名指しで取り上げるなど、国鉄の不当労働行為を断罪しました。しかし、一方でJR採用差別に伴う損害賠償については、国鉄改革法を楯に「賃金,退職金,各種年金の差額については損害とみることはできない」と切り捨てる全く不当なものとなっており認められるものではありません。
2.JRへの採用差別・組合つぶしの背景
● 国鉄「分割・民営化」を機に戦後政治の総決算
国鉄の「分割・民営化」〜JRの発足は、1981年、「肥大化した行政組織の改革と膨大な財政赤字の再建」を検討するとして設置された第2臨調(第2臨時行政調査会)の答申を受け強行されたものです。
当時の中曽根内閣は「戦後政治の総決算」を掲げており、中曽根首相は「臨調・行革でお座敷をきれいにし、新しい憲法をすえる」ことを公言しながら、国鉄の「分割・民営化」は「臨調・行革」路線を実行するための決戦場と位置づけていました。
● 中曽根元首相の組合つぶしは確信犯
中曽根元首相は週刊誌「アエラ」やNHKのインタビューで、国鉄「分割・民営化」について振り返り、「国労をつぶせば、総評(労働組合の全国組織)も崩壊した。総評が崩壊したら社会党が崩壊した。明確に意識してやった」と、そのねらいを述べています。つまり、新しい憲法をすえる〜憲法9条を柱とする平和憲法を改悪するためには、たたかう労働組合がじゃまとなる。だから、国鉄改革を通じ、労働組合をつぶして政界の再編も行なう〜これが、国鉄改革のねらいの一つであり、採用差別の背景にあったのです。
● 全動労組合員の勤務態度に問題なし
「JRに採用されなかった者は、勤務態度が不良だったから」と言う人がいまだにいます。1987年の国鉄「分割・民営化」に向け、当時のマスコミは国鉄労働者の不祥事を連日取り上げ、「国鉄労働者がまじめに働かなかったから赤字が増えた」という意図的なイメージが作り出され、そのことが20年以上が経過した今も「徘徊」しています。
しかし、中央労働委員会の審問で、JR北海道の清水常務取締役(当時)でさえ、全動労の組合員について、無断欠勤等の勤務態度で問題がなかったと証言しています。その一方で、分割・民営化に賛成・推進した組合〜動労(動力車労働組合)に所属していれば、飲酒運転で交通事故を起こした者、女子寮に忍び込んで警察沙汰になった者、勤務時間内に麻雀をしていた者であっても、全員JRに採用されていたのです。
このことは、2008年1月23日に出された東京地裁の判決においても「採用された動労組合員の中には勤務態度の不良性が顕著なもの、犯罪行為に及んだものもいた」と事実認定されています。さらに、全動労を脱退し動労に加入した者は全員JRに採用されていることからも、判決は、JRへの採用の可否は勤務態度ではなく、所属する組合による差別・選別であったことを明らかしました。
3.国鉄の「分割・民営化」は成功したのか?
● 国鉄改革・第一の目的は大失敗
政府は道路公団や郵政の民営化に際し、国鉄改革を「官から民へ」「民営化路線」の成功例として描き出しました。しかし、本当にそう言えるのでしょうか。
そもそも国鉄改革は国鉄の膨大な借金を解消することを、最大の口実として行われました。しかし、清算事業団に引き継がれた国鉄の長期債務は、国鉄の土地やJRの株を売却しても、減るどころが逆に増え続け、結局、1998年の国会で毎年4000億円ずつ60年かけて税金で穴埋めすることが決められました。国鉄改革一番の「目玉」が破綻したことは、誰も否定しようのない事実です。
● 「百害あって一利無し」の偽装改革
JRによる利益最優先の経営によって、利用者・国民が求める安全・安定輸送がないがしろにされていることは、死者107名を出したJR西日本・福知山線の脱線事故、首都圏における連日の輸送障害を見ても明白です。
JR会社間の経営格差はいよいよ深刻になっており、2006年末の国会でJR北海道、四国、九州に対し、引き続き税の減免措置が取られることが決まりました。しかし、国鉄時代から本州・都市部で利益を上げ、地方・貨物輸送を支えていたのであり、それを切り離してしまっては3島・貨物会社の完全民営化が将来にわたって困難であることは、20年が経過しなくても分割・民営化をしようとした時点で明らかでした。
このように、「国鉄改革法」は文字通りの欠陥法案であり、「国鉄改革は成功した」と言うにはほど遠い全くの偽装改革であったことが今や明白です。
建交労全国鉄道本部の「分割・民営化20年を検証する〜JR20年は国民・労働者に何をもたらしたのか
」ではそうした点を具体的事実を通じ明らかにしています。
4.いまたたかいは解決局面へ
● たたかいの足並み揃え
採用差別事件のたたかいは大きな状況の変化を作り出しています。それは第1に、2006年9月、被解雇者の4者(全動労争議団、国労闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団、鉄道運輸機構原告団)が、解決金・雇用・年金を柱とする「解決への具体的要求」をまとめ、政府・鉄道運輸機構に申し入れたこと。第2
に、2006年12月、国労闘争団の約540人が「採用差別国労訴訟」を行ったことで、裁判闘争においても全体の足並みが揃ったこと。第3に、こうしたことを土台に4者・4団体(建交労、国労、国鉄共闘会議、中央共闘会議)が、ILOへの要請(2007年4月)に向けて取り交わした「JR不採用事件の早期解決に向けての確認書」にも明らかなとおり、「4党合意」の延長線上の解決ではなく、統一体制を確立し事件の解決に全責任を持つことを内外に明らかにしました。
● 政府・鉄道運輸機構の責任と政治的決断で直ちに解決を
4者・4団体は政府の責任による解決をめざし大衆闘争と裁判闘争、政治解決を三位一体でとりくんでおり、冬柴大臣に対しては「JR不採用問題の解決にあたっての基本的態度」(07年11月)に基づく政治的解決を求めています。
2007年11月30日には、東京・日比谷野音で学者・弁護士が呼びかけ人となって4者・4団体が主催する全国大集会が開かれ、全動労裁判(2008年1月23日判決)など直面する裁判闘争の勝利、政府の責任と政治的決断による解決を求め7300人が結集しました。
その後、2008年7月14日の鉄建公団訴訟・控訴審で、東京高裁南裁判長から解決にむけた提案があり、翌15日、冬柴国土交通大臣も鉄道運輸機構に応じるよう促しました。
こうした動向について、7月17日、4者・4団体としても真摯に受止め誠実に対応するとしてコメントを発表しました。
要求の柱である「雇用・年金・解決金」を基本に、当事者が満足できる政治解決を勝ち取るためにも「今こそ政治決断を!
JR採用差別問題の解決要求実現をめざす 10・24中央大集会」の成功にむけ奮闘が続いています。
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