なぜ私達は国鉄「分割・民営化」に反対するのか


 

 2001年9月6日、東京高裁「全動労北海道・採用差別事件」の第4回控訴審の弁論が行われました。この間、組合側は、証人調べと「職員管理調書」などの関係証拠書類の提出を求めて来ました。前回(6/7)の審理で、裁判所が「証人採用」を決定して、今回の証人尋問の実現となりました。全動労採用差別事件では、東京地裁・東京高裁の審理を通して初めての証拠調べとなりました。

 

佐藤勝麿争議団事務局長の証言 [概要]

★【問】は、内田弁護士の尋問内容 【証】は、佐藤事務局長の証言内容



【問】北海道の鉄道線路の移り変りは、どうなっていますか。地域住民との関わりから見るとどうなっていますか。

【証】国鉄当時は、道内に36線区あったが、現在は22線区が廃止されて、大正時代よりさびしいものとなっています。地域住民からは、地域の大切な足がなくなるとして  各自治体の首長をはじめとした反対の声が沸き起りました。しかし、廃止が強行され、お年寄りや高校生などが大変不便な思いと犠牲を押しつけられています。
 通学定期代も2倍から4倍となり、高いところでは4.6倍にも跳ね上がり、自治体が補助している所もあります。JRになると便利になると宣伝されましたが、JRになってからも、上砂川線や深名線が廃止となっています。
 JR北海道は企業理念として「地域の足となり、地域の活性化のために努力する」  という位置付けをしていましたが、その文言を削除して、儲け本位の経営をおこなっ  ています。

【問】鉄道がなくなって、住民生活に多大な影響を与えたことになりますが、全動労は、 なぜ「分割・民営化」に反対したのですか。

【証】「分割・民営化」によって儲け第一主義となり、ローカル線が廃止され地域の過疎化・崩壊が進む事が予想できましたし、動労のように自分の雇用だけを考える事は、地域の人たちに対する裏切りになると考えましたし、私達は、結成以来、地域の皆さんと一緒になって運動してきましたから、地域のためにも「分割・民営化」に反対しました。

【問】自分たちだけがJR採用になればよいという方針をとらなかったことがわかりますが、採用時の状況はどうでしたか。

【証】動労・鉄労の組合員はほぼ100%が採用となり、全動労は28%しか採用されませんでした。

【問】全動労組合員に対する当局の評価はどうでしたか。どのような事が行われましたか。

【証】職員管理調書の項目の「現状認識」については、全動労にいると認識があまいと評価され、全動労を脱退すると評価が高くなりました。私達に勤務成績に問題があったかのように宣伝されたことがありましたが、中労委の審問では、JR北海道の清水常務が「全動労組合員に、勤務問題でなんら指摘する問題点はない」と明確に証言しています。
  当局は、全動労に対しては、雇用安定協約を結ばず、人材活用センターに収容したりして、雇用不安をあおって脱退工作を行いました。
 人材活用センターへの発令は、11回にわたって行われ、運転士や車両検査の仕事から、文鎮作りやコースター作り、薫製作りなどをさせられました。
 人材活用センター収容に対する批判が強くなって、動労組合員も少し収容しました  が、実際は転換教育のための発令であって、私達とは扱いがまったく違いました。

【問】昭和61年3月に「追分」から40名、「滝川」から57名が、「苗穂機関区」に  転勤していますが、どうしてですか。

【証】運転職場では、運転区間が決まっているので、線路の状況を熟知していることが大切なので、普通は転勤などはほとんどありません。当時、動労役員が、滝川では約100人が採用されないと宣伝し、雇用不安を煽り、動労の組合員が転勤しました。
 「苗穂」では、全動労が346人、動労が67人でした。そこに97人の動労組合  員を転勤させました。「苗穂」で採用されたのは全動労が23%の81人、動労は1  64人全員が採用されました。

【問】動労の運転士などへの教育はどうしましたか。

【証】全動労の教導機関士が仕事を教えましたが、先生役の全動労が不採用で、生徒の動労組合員が全員採用されるという結果になり、「血の入れ替え」と言われました。全動労を採用しないために、当局と動労が一体となって転勤させたのです。
 

【問】全動労組合員は、このままでは採用されないという状況の中でどうして組合に残り  続けたのですか。広域異動などで本州に渡ることは出来ませんでしたか。
 

【証】全動労は、動労にいじめられて結成した組合ですし、おめおめと動労に頼むことはしたくないし、自分の生き方を変える、人格を否定するようなことはしたくありませ  んでした。
  国鉄当時の広域異動でも、全動労が希望しても断られたり、本州に渡った時は脱退している事実があります。

【問】清算事業団の再就職斡旋はどのよう行われましたか。

【証】アルバトニュースなどの情報を掲示するだけで、仕事は自分でさがせというのが実態でした。

【問】清算事業団になってからの本州への追加採用にはどうしましたか。

【証】行ける人は本州に渡ろうとなり、全動労も500人近く渡りました。しかし、私も  含めてですが、年老いた両親の面倒や病気の子供、妻の仕事などの関係でどうしても本州に渡れない人たちが出ました。

【問】今の生活の状況や10年以上もたたかっているのはきびしいと思いますが

【証】組合からの貸し付けが、当初から月15〜16万円であり、あとは妻たちのアルバイトなどで生活しています。仲間からの支援があることと、家族も、まじめに働いてき たのに差別をされたことは許せない、お父さんは間違ったことはしていないという子 供たちの思いを支えにしながら頑張っています。長いたたかいの中で「ガン」を告知さ れた人も3人いますが、その人たちも含めて国鉄を引き継いだのはJRであり、一人 も路頭に迷わせないと約束したのは政府ですから、一日も早い解決のため頑張ります。