1974年12月3日、早朝4時頃、動労(動力車労働組合〜その後、JR総連へ)本部の橋本中執に指揮きれた約70名の集団がヘルメット、鉄棒、角材、竹竿で完全武装し覆面で顔をかくし、全動労札幌地方労組の事務所を襲撃し,土足で寝室をふみにじり、宿直役員を暴力で追い出し、不法占拠しました。目的のためには手段をえらばない「革マル派」トロツキストの正体を、まざまざと見せつけた事件です。
 争議団の菊田忠孝さんが当時の状況を記録した「カベ新聞」 を保管していたことから(現存する唯一の物でしょうか)、一部カラー写真を加え紹介します。

 


全 動 労 札 幌 か べ 新 聞

                      1974.12.11


 

動労中央・「革マル派」
武装し事務所を襲撃

 「革マル派」トロキッストと事実上一体となった動労中央幹部の指揮下、ヘルメット、鉄棒、角材で武装した約70名の暴力集団が、12月3日午前4時、わが全動労札幌地方労組事務所を宿直者の寝込みをおそって大挙乱入し不法に占拠した。
 この様な暴力団同然の行為はまともな労働組合運動では考えられないことであり、民主々義と入権の擁護をのぞむすべての入びとの許すことのできない蛮行である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中核派」などと鉄棒、棍棒などの凶器をふるい残忍きわまる殺し合いをしている「革マル派」が、動労指導部と事実上一体となり「労働組合」の名を潜称し、国鉄労働者と労働組合の内部に巣くい、暴行、脅迫などの蛮行のかぎりをつくし、団結と統一の破壊に狂奔していることをここにきびしく糾弾するものである。

 

 

 

                                                                                           

 

 

我々は勝利した

 全動労札幌は、犯罪集団〜動労中央、「革マル派」を、住居侵入、強盗、凶器準備集合などで告訴、同時に全動労組合員はもとより、.全民主勢力と道民の怒りに燃えた糾弾の火の手が瞬時の内に爆発し彼らを包囲した。

 

 

 

                                                 

 

 

裁判所は憲法に明記する民主々義と基本的入権を守ってこの暴力集団に対し、わが労組事務所からの退去を命じ、再侵入とわれわれの事務所使用の妨害行為を禁止する、という決定を下し、彼らは事務所からたたき出されたことはあまりにも当然のことと云わなければならない。「断固我々の手で取り戻す」という正義の斗争は、全く合法的手段で勝利した。

 

 

 

 

 

 

全動労札幌は、この勝利を土台に動労中央、「革マル派」の反労働者、反国民的暴挙をあますところなくバクロ、糾弾しながら入権と民主々義、統一と団結の旗を更に高く掲げ全力をあげて斗うものである。